ギャンブルで借金1000万円|自己破産で0にした34歳会社員

【体験者のプロフィール】

  • 性別:男性
  • 職業:会社員
  • 年齢:34歳
  • 借金 : 1000万円

初めまして。
俺の借金体験は大学生からハマっていたギャンブルで1000万円の借金を作ってしまい、苦肉の策として自己破産した話です。
ただ一時は大勝ち出来た時期もあったのですが、負けが込んで熱くなって消費者金融やヤミ金に手を出すという天国から地獄を味わいました。
今回はそんな転落の様子を2回に分けてお話しします。

最初は奨学金と生活費のためにパチンコにハマる

俺が最初にギャンブルにハマったのは大学生時代の時でした。
上京して大学に通ってはいた俺は、大学でパチンコの腕が立つヤツと友達になり「バイトやるより稼げる」という甘い言葉に乗せられて、一緒にパチンコ屋に通うようになりました。
当時アルバイトはしていましたが、学費や生活費は奨学金を借りていたこともあり手早く金を稼げる方法を探していました。

当時は稼げたパチンコ台4号機

そこで出会ったのが当時「4号機」と呼ばれるパチンコ台を攻略して、いつも羽振りのよかった友達でした。
当時の「4号機」と呼ばれていたパチンコ台は、何十万も勝つことができる、今じゃ考えられないほどの破壊力がありました。
当然最初は負けることもありましたが、その友達と仲良くなってパチンコの勝ち方を研究するようになってからは次第に勝率が上がっていったのです。
そして自然とパチンコにのめり込んでいき、調子のいい日は1日で40万円から70万円近くも稼いだ日すらありました。
俺は完全に有頂天になり、「俺はパチプロで食っていけるんだ!」と思うようになっていましたね。

今思うとこの時期に冷静になって考えることができていれば、これから起こることはなかったと非常に後悔します。

パチンコ全盛期を支えた4号機

パチンコ台の4号機とは、1992年頃から登場したパチンコ台の総称です。
パチンコ台は法改正の度に台のシステムを変えてきて、システム性の大まかな括りで~号機と呼ばれるようになりました。当選時の1ゲーム当たりのメダルが増える量のことを純増と言いますが、現在のパチンコ台は6号機では平均2枚前後に対して4号機では平均して10枚と圧倒的に破壊力がありました。
当時のパチンコ人気は今では到底考えられないもので、毎日パチンコ店の前では50人~100人以上の客が台確保のために列を作るほどだった。

天国から地獄へ、パチンコ黄金時代が終わる

すっかりパチンコに魅了された俺はパチンコ仲間とチームを組み、都内のパチンコ台の研究を更に深めるようになっていきました。

寝ても覚めてもパチンコの事しか考えることができなくなり、パチンコ以外のことが全てどうでも良く思えてしまいました。
大学も殆ど行かなくなり単位も落としたことをきっかけに中退してしまいます。
その時にはパチンコのチームもそこそこ人数が増え、外部の人間に情報を売ることでも収入があったので正直言って金持ちでした。
なので奨学金も中退してから数ヶ月で完済することができ、毎日パチンコやスロットに行けば纏まった金が手に入るので正に天国にいる気分に浸っていましたね。

しかし俺のパチンコ天国な日々は長くは続かなかったのです。

パチンコ5号機により収益が減った

そうです「パチンコ5号機」の登場です。
パチスロに関する法律が改正され、それまで玉を湯水のように吐き出してきた4号機の台が減り、5号機と呼ばれる旨味の少ないパチンコ台に入れ替わっていきました。当然4号機が残っている店を探したり、チームで5号機の研究や攻略も試みましたがやっぱり旨味が少ない!
次第に毎月の利益も少なくなっていき、パチンコのチームメンバーもじわじわと減っていったのです。

強すぎるギャンブル性に自殺者まで出て問題視された

ギャンブル性の強い4号機では、徐々に問題視されるようになりました。俺が借金を背負うことになったのも珍しいことではなく、他の人もパチンコで借金を抱えてしまう人は多かった。
挙句の果てにパチンコが原因で自殺をしてしまったケースだっていくつもありました。 こういった背景から4号機は問題視され、法改正によって出玉性能を抑えられた5号機と後に呼ばれる台に入れ替わりパチンコ4号機の時代は終わりました。

競馬にハマって大損

パチンコやスロットの稼ぎも旨味がなくなり始めた時期に、俺が目を付け始めたのは競馬でした。
パチンコは一日中出る台を探して張り付かないといけないという理由もあり、長い時間をかけずに儲けたいなと考え始めたという理由もあります。

やはり人間追い詰められてくると、一度の勝負で大きな勝ちを狙いにいく傾向があるようですね。
俺の場合は特にその傾向が強かったです。
当時は既に「就職してまともに働くなんてアホらしい」とすら思ってました。
もう大学も中退してたのでこの道で進むしか無いと思ってました。

そして当然上手くは行かず、全然勝てない日が多かったです。
競馬のレースが無い日はパチスロで多少の勝ちはありましたが金銭感覚が麻痺してたので、勝ったお金をほぼ全額次の競馬で使い切ることもザラでした。
そんなこんなで研究の甲斐もなく、競馬での勝ちは安定しませんでした。

実際競馬のレースは大変興味深いものがあり、走る馬を見るのは好きだったので気が付いたらズブズブにハマりこんでいましたね。
昔からギャンブルの持つ熱気や空気が好きだったので、ハマり易かったのではと思います。

そうして競馬にハマっていつの間にか月間の収支が、パチスロの勝ち大きく上回るマイナスになっていきました。
当然生活費も無くなっていったので、学生時代に作っていた消費者金融のカードでキャッシングを利用して食い扶持とギャンブルの軍資金を得るようになっていきました。
たまに知り合いの店でバイトはしていましたが、働くことよりパチスロや競馬場にいる時間の方が楽しいのであまり長続きはしませんでしたね。
今思えば四六時中ギャンブルでいかに勝ってやろうか、ということしか頭になく完全にギャンブル依存症になっていました。

ギャンブル依存症になってしまう原因

ギャンブル依存に陥ってしまう原因は、ギャンブルで勝つことによって得られる快感からきています。特に、パチンコ台は演出などもあるので、より一層脳への刺激が強くギャンブル依存症の大半はパチンコ依存症が多いそうです。 意外にも家庭を持っているしっかりとしたサラリーマンでも、ギャンブル依存症に陥りやすく一度ギャンブルの快感を覚えてしまうと中々抜け出すことは難しいです。

ヤミ金と消費者金融の借金合計が1000万円になる

俺は大学を中退してからずっとパチスロと競馬漬けの生活を送り、借金をしては返してまた別で借りるを繰り返していました。
いつの頃か借金の利息がかさんできて、消費者金融の返済もキツくなってきて遂にヤミ金にまで借金するようになりました。
最初はパチスロや競馬で勝てれば返済できると思ってましたが、勝てていたパチスロも5号機台が増えてきたこともあり負ける日が多くなりました。
勝って取り返せばいいやという考えで、借金に借金を重ね続けてギャンブルをやり続けていました。
そして消費者金融やヤミ金の返済も次第にキツくなり、アパートに督促状の山が溜まり取り立ての人も来るようになり家に帰るのも嫌になりました。

この時に借金していた会社はヤミ金を含めて合計6社、借金の合計は1000万円にまで膨らんでいました。
特にヤミ金の利息が雪だるま式に膨らんでいって、書類に0が見たことない数並んでいてもう恐怖しかありませんでしたね。
なので俺は完全に現実から逃避するようになってアパートに帰らず、知り合いの家を転々としたりホームレスまがいの野宿をしたりしていました。

闇金の法外な金利でみるみるうちに借金が増える

法律では、上限金利が法律で年利20%までと決められています。例えば10万円を消費者金融で借りた場合、年利が仮に上限の20%ならば1年間で2万円の利子です。 一方、ヤミ金の場合では10日単位の周期で計算されます。10日で1割の「トイチ」だったり、10日で3割の「トサン」という言葉は聞いたことがあると思います。ヤミ金の場合は同じ10万円を借りても、消費者金融で1年で発生する利息が数日~10日で発生します。 これを年利に直すと年利何百%~何千%にもなると思うと、ヤミ金がどれだけ悪質で恐ろしい金融なのかは一目瞭然です。

両親に相談するが勘当される

借金から逃げる生活もキツくなってきて、俺は思い切って田舎の両親に電話で相談することにしました。ずっと現実から目を背け続けてきましたが、精神的にも身体的にも当時は限界を迎えていたんだと思います。
半べそかきながらそれまでの経緯と借金のことを話したのですが、両親は大激怒。
「いい大人なんだから精算なり自己破産するまで帰って来るな」
と一括され、事実上の勘当を言い渡されてしまいました。

まあパチスロにハマって大学中退して、借金作って泣きついてきた反応としては当然だったと思います。
しかしこの時に「自己破産」という言葉を聞いて、実際に調べ始めたのがきっかけで活路が拓けました。

弁護士さんに泣きついて自己破産を選択

それから俺は友達に「自己破産ってどうやるんだ?」と聞いたところ、ネットや電話で弁護士と相談できると教えてもらいました。両親にも勘当された俺に相談できる宛もなく、少し迷ったが思い切って弁護士に相談をすることを決意したのです。
そしてネットから借金相談のサイトにいってヤミ金対策に強いと書いてある弁護士さんに借金の相談を始めました。

最初はメールで借金の総額と借りている消費者金融・ヤミ金について書くと、
「私たちはヤミ金問題の専門家なので、必ずあなたの力になれます」
と嬉しい文面が。
もうここに頼れなきゃ後がないと感じた俺は、この弁護士さんに任せるしかないと思いました。
そして俺が電話で弁護士さんにヤミ金の金利で借金が膨らんでもうどうしようもないと泣きつくと、弁護士さんは落ち着いた口調で
「ヤミ金の金利は無くせますから大丈夫ですよ」
と言ってくれました。
初めて借金のことで優しく対応されたので、正直泣きそうでしたね。

任意整理と自己破産の二択

その後消費者金融やヤミ金からとの交渉を詰めたりするため、弁護士さんの事務所で詳しく話をすることになりました。
そこで俺の債務を整理する方法として、任意整理と自己破産の二つがあると提示されました。

弁護士さんも初めは任意整理で膨れ上がった借金の金利を無くすことを進めてくれたのですが、それだと元々借りていた元本は返す必要があります。
俺はその時ほぼ無職な状態で弁護士さんへの報酬も払えるかどうかも怪しかったです。
なので色々と話し合った結果、金融機関のブラックリスト入りなどのデメリットはあるものの最終的に自己破産の手続きをお願いしました。

最近では、債務整理するときに発生する弁護士さんへの報酬も、分割や後払いに応じてくれる弁護士さんも多くなっているので、債務整理を考えている方はそういった点も安心して相談することが出来るようになりました。

もう正直借金するのも懲り懲りしてたので、早く楽になりたい気持ちも多かったです。

現在は親元の田舎で働いてます

無事自己破産の手続きも終わり借金から解放された俺は、現在親元に帰って地元で働いています。
親には自己破産したことを伝えて謝ったことで、何とか許してもらえました。
あとついでに弁護士さんへの報酬を立て替えてもらったので、それを返すために見張り付きで働いてる感もありますね。

ギャンブルに関しては、両親にギャンブル依存症を疑われて病院に通っています。
しかし今でもこっそりパチンコはやっています。
自己破産してカードが使えないので現金のみでやっています。
借金のプレッシャーが無くなったり、台の攻略情報も溢れてきたので負け越す日は少なくなったのが救いですね。ギャンブルをすること自体は悪くはないと思いますが、昔のように借金を作ったり生活をかけてまでやりたいとは思わなくなりました。

以上が俺の借金体験です、まだあと数年はカードを作ったりローンは組めないですが自己破産して色んな悩みから解放されたのは良かったと思います。

よく読まれている記事