ネットビジネス商材は危険! その6 亡き父への想い

どうもどうもごきげんよう。

僕には未だに後悔していることが1つだけあります。

それは僕がネットビジネスで借金をしてしまって、それが原因で父親を不安にさせてしまい、そのまま天国に行かせてしまったことです。

思い出せばいつも涙が止まらない程で、心配かけてしまった父親に直接謝りたいという気持ちもありますが、それは叶うものではないので、今自分ができることやる、それを念頭に日々過ごしています。

就職してから父親との接点がなくなった

僕は元々福岡県出身で、大手企業へ就職のために長野県に引っ越しました。25年間実家に暮らしていましたが、就職を機に家族とも離れ、距離が距離なのでなかなか父親に会う機会もなく、電話もしなくなりました。

僕も父親もお互いに連絡を取るタイプではなかったので、会話をする機会も次第に無くなっていき、年に数回電話で会話をする程度でした。

父親に何も連絡せずに起業を目指すために大手企業を退職

大手企業で鬱病を経験し、いつしか会社で働くことに対して希望を失ってた僕ですが、誰にも雇われない生き方ができる起業を成功させるために、長野県から上京しました。

しかし、大手企業を辞め上京して起業を目指すことを両親には伝えてはおりませんでした。なぜなら、世間では将来安定すると思われている大手企業を退職することは、両親から反対されることは目に見えていたからです。
大手企業から実家へ退職通知が来てから両親は驚き、即座に母親から電話がかかってきました。

「会社から退職通知が来たけどどういうことね!?お母さんたち何も聞いとらんよ!?」

僕は起業については両親には告げずに、やりたい仕事が見つかったから転職したという理由で説得しました。
父親は僕に直接、根ほり葉ほり聞くタイプではなく、母親を通じて僕に状況を聞いてくるタイプでした。
父親は僕に対していつも心配していたようで、親戚である伯父や僕の姉にいつも相談していました。

息子が東京で何をやってるのか不安な3年間

僕が上京したのは2014年7月、東京から福岡へ移住したのは2017年8月で、ちょうど3年間東京にいたことになります。
両親にはどんな仕事をしているのか?収入はいくらなのかは明確に伝えていませんでした。
なので、両親からすれば息子は東京で一体何をやっているのかは不明確だったので

  • ちゃんと食べれているのか?
  • 何か詐欺に引っかかったのではないか?
  • お金は持っているのか?
  • 嫁を支えることはできているのか?

心配になるのは当然のことです。

母親はどちらと言うと楽観的で前向きなのですが、父親は人一倍家族に対する愛情が強くかなりの心配性でした。
それが原因で、父親は母親に強く当たっていたそうです。

  • なぜお前はちゃんと息子のことを心配してやれないのか?
  • 連絡をしてやるのが親の役目ではないのか?

その当時は強く母親に当たる父親を目の敵にしていましたが、今思えば父親の愛情がにじみ出ていると痛感します。

両親の心配をよそに東京でいろんなビジネスに手を出す息子

両親はいつも僕の事を心配していたのにも関わらず、僕は東京で何をしてたかと言うと、派遣社員をしながら起業ができるための手段を模索していました。

  • 口コミネットワークビジネス→アムウェイ、ZIJA
  • 個性心理学(動物占い)セミナー兼個別診断講師
  • インターネットビジネス

ビジネスに関しては一体いくら使ったのか分かりませんが、情けない話どれも中途半端に終わっています。
インターネットビジネスの高額商材に関しては、冒頭でもある通り借金の原因を作ったものであり、今でも返済を続けております。
ただの親不孝者以外何物でもありません。

福岡の父親が癌であることが発覚する

僕が東京で路頭に迷っている時、母親から電話があり、父親が癌であることが発覚したのです。
しかもその時はすでに癌はステージ4まで進行していました。
それを知った時、僕はなるべく福岡に戻って父親の顔を見たいと思っていましたが、その時は東京から福岡に戻るための旅費を持っていませんでいた。

  • 派遣社員の月収は17万円
  • 貯金無し
  • ネットビジネスの借金

当然ながら新幹線代を工面する余裕などありませんでした。夫婦で戻ったとしても往復で軽く10万近く飛びます。
何とか、クレジット会社からお金を借りて帰省したことはありましたが、僕自身が貧乏で新しい服や靴を買う余裕すらなかったので、父親は見た目から即座に僕の経済状況が良くないことを見抜きました。

「俺の事を心配する暇があったら、自分の事を心配しろ」

父親の真っ当な意見が今でも僕の胸に突き刺さっています。

2017年3月、父親が天国へ

そして2017年3月、父親は天国へ旅立ちました。亡くなる直前に、僕は父親の顔を見ることはできました。
何とか、お金をクレジット会社から借りて、交通費を工面することができたのです。

ただ、父親は死ぬ直前まで僕の事を心配しており、お金のこと、僕の将来のこと、妻のこと、が主だったようです。
僕はそれを聞いて号泣し、父親を安心させるために福岡に戻ることを決意しました。

僕ができることは正社員になって真面目に働くこと

父親を安心させるために僕ができることは、地元福岡県に戻り、正社員になって真面目に働くことでした。
真面目に働いて、まずは借金を返してから自分の生活の安定を図ることが自分のやるべきことでした。
母親もたまに父親の遺影に向かって

「息子が福岡に戻ってきたよ。良かったねお父さん」

と言ってくれているようです。

まとめ

大切な人が目の前からいなくなって、後悔することは多々あるでしょう。
僕の後悔は、借金をしてしまい、余計に父親を心配させたまま天国へ行かせてしまったことです。
しかし、その後悔が今の僕の原動力となり、以前よりは前向きに仕事も取り組めるようになりました。

天国にいる父親がいつまでも安心できるように、借金を返済し、妻とともに頑張っていきます。

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